その図書館がどういう場、何のための場なのか、まず、設置者が思いを巡らせ声を集めて理想を描く。その理想を周囲に繰り返し説明しながら、建物を整備し本を揃えスタッフを配置する。そこから何年も何年もかけてその理想の実現に向けて、多くの人を巻き込みながら日々の運営が積み重ねられていく。多少の軌道修正も加わりつつ、理想が少しずつ現実になっていっているという実感が地域に共有されていく。
公共図書館という贅沢なハコモノがどうせ整備されるのなら、そのような「成長」は関係者全員が期待するところでしょう。
けれど現実には多くの図書館では、建物ができあがって整備から運営の局面に入っていくと、自治体の厳しい予算状況が如実に体現されがちです。或る図書館の館長が「自治体はアイデアと人にはなかなか予算を付けないからねぇ」と溜息混じりにおっしゃっていたのが、よく思い出されます。
2020年7月に「日本三大秘境」のひとつ宮崎県椎葉村に初めてできた公共図書館「ぶん文Bun」は、3年目に入った今も、まさに「アイデアと人」によって成長を続けている稀有な図書館です。
開館の前年に立ち上げ要員の地域おこし協力隊員として採用された「クリエイティブ司書」小宮山剛さんは、もともと図書館は素人。採用後に公費で司書資格を取得し、全国30以上の図書館を見て回ってお手本を見定め、図書館づくりの師匠に弟子入りして「椎葉にしかない、生きた本棚」を作り上げ、まるで個性派書店のようなその棚を今も日々育てておられます。そのお仕事は純粋な司書の範疇を遥かにはみだし、この4年間、「ぶん文Bun」とそれを中心とした交流拠点施設「Katerie」の基本構想の策定に携わり、合計フォロワー数1万人を超える複数のSNSを操り、県内の書店員有志に混じって毎年「宮崎本大賞」を運営し、「ぶん文Bun賞」や「積読読書会」等のオンラインイベントも継続されています。その活動全体がまさに「クリエイティブ」で、将来の懐かしい記憶へと繋がる新しさに溢れ、UIターンや関係人口の創出という村の長期計画に完全に合致しているのです。
小宮山さんは、地域おこし協力隊を3年間勤め上げたあと地方公務員試験に合格し、昨春からは椎葉村正職員として変わらず、いえさらにパワーアップして「クリエイティブ司書」に励んでおられます。
そして2022年8月、「ぶん文Bun」が開館して2年が経過したところで、「飛び出す司書」長谷川涼子さんが、やはり地域おこし協力隊員として椎葉にやって来られました。人口2,300人余という椎葉村の面積は東京23区に匹敵する広さがあって、図書館サービスを村内全域に行き渡らせるためには司書自身が図書館から飛び出していく必要があるのです。そんなミッションで採用された長谷川さんもまた、図書館で働くのは初めてで現在司書資格を取得中。既に村内に点在する高齢者サロンや小中学校に飛び出して、日々図書館サービスの浸透に努めておられます。目の前にたくさんの本を届けると90歳を超えたお年寄りが毎回喜んで複数冊を借りて帰られるのだとか。「生きた本棚」の「ぶん文Bun」にはもともと他館には無いような蔵書が多く相互貸借では貸出超過の傾向があったのですが、最近は高齢者のニーズを模索する中で「ぶん文Bun」には無い大活字本を他館から取り寄せることも増え、相互貸借全体が活発になってきているそうです。
長谷川さんは東北のご出身ですが、協力隊のミッション終了後も椎葉で暮らし続けたいと今は考えておられます。将来は地元・山形と椎葉の二箇所を故郷にできたら最高とおっしゃっていました。
そして2023年4月、「ぶん文Bun」には大学を卒業したばかりの新たな司書が採用されました。もちろん地域おこし協力隊、今度は「時おこす司書」という肩書の藤江開生さんです。協力隊採用のミッションとしては「ONLY ONE プランナー」という提案型のもので、図書館司書資格を在学中に取得済みの藤江さんからは、デジタルアーカイブや情報リテラシー醸成、ラジオや動画等本以外での発信など、意欲的な取組みが提案されているそうです。
椎葉村は民俗学の父・柳田國男が遠野に赴く前に一時滞在した地で、民俗学的な価値のある資料や産業、文化風俗が数多くあります。ちょうど先月2023年3月には「山奥学芸員」として村の博物館で活躍する人材が地域おこし協力隊で募集されていて、たくさんの応募が全国から集まったとのこと。「時おこす司書」藤江さんがデジタルアーカイブやさまざまな発信と絡めて、「山奥学芸員」とどんなふうに協力して新たな価値を生み出していかれるのか、目が離せません。
藤江さんは、ご自身の将来計画に照らして、大学卒業時の進路を「地域おこし協力隊×図書館」に絞って検討されていたそうです。協力隊としての活動が一段落つき次第、別のやりたいことに向けて歩まれるとのことですが、まさに「ぶん文Bun」によって村は一人のIターン者且つ将来のかなり濃い関係人口を得たわけですね。
椎葉村の「地域おこし協力隊×図書館」のあり方について、当事者である「飛び出す司書」長谷川さんは、「村内から『地域のために何かをやる人』として認識してもらっていることもあり、図書館という組織にこだわらない連携ができる」とメリットを感じておられます。「時おこす司書」藤江さんは、「ぶん文Bunの空間に一目惚れ」し「すぐに、確実に司書として現場で働くことができる」ことに魅力を感じ、「司書の専門性や待遇改善を訴えるのは継続すべきだが、その効果が現れないうちにも負の連鎖は続く。負の連鎖を断ち切る新しいロールモデルの可能性が協力隊×司書にある」と期待に胸を膨らませておられます。
小宮山さんは「さすがにもう打ち止めです。「ぶん文Bun」には専任司書4名体制で必要十分。」とおっしゃっていますが、4年前、「ぶん文Bun」という名前が決まるより前にその基本構想を練っておられた時点で、今のような体制は果たして思い描かれていたのでしょうか。「ぶん文Bun」が、村が渇望していた理想を一歩一歩かたちにし続け、UIターンや関係人口を生み出すという実績をここまで積み重ねてこられたからこそ、「クリエイティブ」から「飛び出す」、そして「時おこす」と、新たなミッションとそれに没頭する新たな人材を得てこられたことを思うと、これからもユニークなミッションと人材が創造され続ける可能性はありそうです。
(本棚演算株式会社 今井太郎)
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