人口約6万人、愛知県東南部渥美半島のほぼ全域を占め、海と山に恵まれ全国有数の農業生産を誇ると同時に自動車関連をはじめとする工業も盛んな、豊かな街・田原市。2022年11月の「本の場」で取り上げた田原市図書館は、100年後も親しまれる図書館を目指して地域と共に歩み続けておられました。
田原市図書館を特徴づける大きなポイントが、地域に対する積極性です。その積極性は、組織に根づいたいわば館のDNAになっていて、さらに地域へと広がっていっている、そんな鮮烈な印象を受けました。
このスライドは、第一週「行政と共に歩む図書館」のまとめとして提示されたものです。
地域の課題解決支援と言っても、相談が来てからアクションを起こすのではなく、その課題に興味がない人にどうやって知らせるか、まだ多くの人が気づいていない課題の存在をどう周知するか、課題そのものが起点です。図書館が地域の中で行うさまざまな活動、そこで育まれる人的繋がりを通じて地域課題にいち早く気づくことが、そもそも図書館の大切な仕事なんです、と。そして周知だけではなく、その課題の解決を支援するために、資料を集め、人が集まって対話する場をつくるところまですべて図書館の役割なんです、と。
「まだまだ発展途上なんで、どこまでできてるかはわかりませんけどね」だそうですが、
ふつうの図書館だと尻込みしそうな中身ではないでしょうか。ウェビナーで司書の辻一生さんは、とても軽やか朗らかな調子で説明を補足し、参加者からの質問にも答えていかれました。課題の発見や企画の立案には、スタッフ同士の雑談がとても有効なんですよ。自分は市役所での勤務経験もあるので役所の人がどれだけ余裕が無いかわかります、図書館側が役に立ちますよ負担はないですよと常に積極的にアピールしていかないと。たとえば地域スポーツへの参加といった仕事外の活動での人的繋がりが活かせることもよくありますよ。等々。
「行政・議会支援サービス」「元気はいたつ便」「ふしぎ文学半島プロジェクト」「たはLab」「田原市新聞記事見出しデータベース、地方新聞のデジタル化」――数々のユニークな取組みが、どんな雰囲気の中から生まれ、練り上げられてきたのかがよくわかりました。
そして第三週「ファンと共に歩む図書館」のお話では、組織や団体との連携に留まらない市民ひとりひとり、さらには市外・県外の人まで図書館のファンになってもらおうという、さらに踏み込んだ積極性が披露されました。
たとえば20年前の中央図書館整備に深く関わられたNPOの活動のひとつ「おおきなかぶ会議」は、月1回誰でも参加可能で図書館の運営やら企画やらさまざま話し合う会議ですが、その「誰でも」が市外、県外からのリモート参加もOKという徹底ぶりです。
炎上を怖れない受信重視のtwitter運用も印象的でした。市内の動きや市民の反応を知るといった情報収集がとても大切だから、フォローや返信も積極的に行う。一方的な図書館情報の発信では市民に届かないから、図書館情報は4回に1回の割合に抑えて残りは直接業務に関係ないネタや雑感をつぶやき、大事なことは時間をおいて4回つぶやく。かつて『カレントアウェアネス』に載った『Library Journal』誌の「あなたの図書館のtwitterをレベルアップする10のルール」を参考にされたとのことですが、実践している図書館は果たして全国にいくつあるでしょう。
「本の場」とは別のイベントで是住館長がおっしゃっていた「図書館は地域の「フューチャーセンター」たれ」という方向へ、田原市図書館は着実に前進されている印象です。
多様な当事者が集まって、未来志向の対話によって、さまざまな地域の課題を解決しようとしていく、そのための中心的な場――とても望ましい近未来の図書館像ではないでしょうか。
これだけ地域と共に歩んでこられている田原市図書館でさえ、市の財政がすこしずつ厳しさを増してくるにつれ、人員体制スリム化の要請は以前より厳しくなってきているそうです。かつてはサービス内容の拡充を企画してそれに伴う人員増を実現できていたのがなかなか難しくなり、近年では人手が掛かる新規事業は外部の補助金を獲得してようやく着手できる状況だとか。
公共施設といえども価値あるサービスを維持し発展させていくには相応のコストが掛かるという事実、しかも図書館の場合そのコストの大半は人件費であり、それはつまり同じ地域住民の収入であり暮らしの質を意味するという事実が、もっともっと正しく広く認識されるようになってほしいと思います。
(本棚演算株式会社 今井太郎)
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