「Anthro-vision」(人類学的思考)という言葉があります。フィナンシャル・タイムス米国版の編集長だったG・テットの造語で、彼女は、この「Anthro-vision」こそ、現代社会の危機を救う思考方法だと言います。
日本にも、まさに社会を変革する力を持つ人類学研究を打ち立てた人びとがいます。その一人、下條尚志さんは、人が住み村もある都市からも遠くない、それなのに何故か国家が統治できない、そんな不思議な空間が世界最大の稲作地帯にあることを見いだしました。これまで誰も気づかなかった歴史の原動力を発見したその著書『国家の「余白」』は、国際学術賞も含む5つの賞を受賞しました。そしてその師匠である清水展さんは、過剰に理論化した現代人類学を批判して、地域に強く関わる「応答の人類学」を提唱し、20世紀最大の火山災害に見舞われたアエタ族など、フィリピンの先住民社会と40年にわたって伴走し、その『草の根グローバリゼーション』の実践は、人類学者として初めて日本学士院賞を受賞する最高の学術評価に輝きました。
グローバリゼーションにともなう人口と情報の流動の中では、「国家の余白」は大都市の中にさえ生じ得ます。そこに生きる人びとが、国家や首都を飛び越した「草の根のグローバル化」として繋がり行動すれば、紛争と環境破壊に病むこの世界を変える力になる。ちょうど日本中世の社会変動の駆動力となった「悪党」のように、国家を逃れた人びとの実践は、金融資本主義と国家主義に支配された現代を乗り越える力を持つかもしれません。その時、「国家」はどんな役割を果たすのか、「個人」にはどのような責任が生じるのか。国家/個人という二分法的な思考そのものは問題にはならないのか。国家と個人の間に揺れる世界を再構築する人類学的な思考について、縦横に議論します。
「本の場」の親サイトである「local knowledge」が2023年10月に大きく変わります。本ウェビナーは、新しい「local knowledge」で展開していく「専門書の読書会」の先行企画となります。
神戸大学大学院国際文化学研究科准教授。1984年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(地域研究)。静岡県立大学助教等を経て現職。『国家の「余白」』(京都大学学術出版会、2021年)で、第25回国際開発研究大来賞、第38回大平正芳記念賞、第43回アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞、第49回澁澤賞などを受賞。
京都大学名誉教授。東京大学教養学部卒、東京大学大学院社会科学研究科博士課程退学。社会学博士。東京大学助手、九州大学教授、京都大学教授、同東南アジア研究所所長などを歴任。第11回日本文化人類学会賞、第107回学士院賞を受賞した『草の根グローバリゼーション』(京都大学学術出版会、2013年)をはじめ、アエタ族の創造的復興を報告した『出来事の民族誌』(九州大学出版会、1990年)、『噴火のこだま』(九州大学出版会、2003年)、『新しい人間、新しい社会 復興の物語を再創造する』(編著 京都大学学術出版会、2015年)など著書多数。
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