「ウィキペディアタウン」というイベントをご存じでしょうか。
日本語版ウィキペディアで「ウィキペディアタウン」は以下のように説明されています。
ウィキペディアタウンとは、その地域にある文化財や観光名所などの情報をインターネット上の百科事典「ウィキペディア」に掲載し、さらに掲載記事へのアクセスの容易さを実現した街(町)のことである。
また日本においては街(町)そのものを指す語句よりも、ウィキペディアを編集するイベント(エディタソン)を「ウィキペディアタウン」と呼ぶことが定着しつつあり、よりイベントの趣旨に合わせた形に変更して「Wikipedia ARTS」、「ウィキペディア街道」、「酒ペディア」、「Wikipedia LIB」、「WikipediaGEO」等、それぞれの目的や趣旨などを盛り込んだ呼称が使用されることもある。
英国ウェールズの小さな町で2012年に始まり、日本では2013年に横浜で開催されたのが最初です。2017年のLibrary of the Year(LoY2017)優秀賞を受賞し図書館界でも大きく注目されることになりました。近年はコロナの影響で停滞気味だったものの、今年になって少しずつ全国的に活発化してきています。
「ウィキペディアタウン」は、地域と図書館、それにウィキペディアの三者がウィンウィンな関係で協力できる秀逸な構造を備えています。
ウィキペディアに地域情報を充実させ積極的に露出させていくことによる観光振興・地域おこし的な地域にとっての意義、正しい地域情報を保証するための資料提供やレファレンスといった図書館にとっての意義、ウィキペディアを編集・執筆する方法とルールを広め将来の「ウィキペディアン」を育てるウィキペディアにとっての意義。それら3つの異なる意義が見事に重なるところが、「ウィキペディアタウン」の魅力だと感じます。
地域にとっての意義を垣間見るために、発祥の地ウェールズのモンマスという町についての日本語版ウィキペディアの記載を見てみました。人口9,000人に満たない小さな町にしてはかなりボリューミーな記事です。特に目を引くのは、記事中のほぼすべてのマイナーな固有名詞に英語版ウィキペディアへのリンクが貼られていることと、添えられている数10枚の美しい写真です。試しに「ワイ渓谷」の英語版へのリンクを辿ってみると、これまた何章にもわたる長文の記事が美しい写真や動画付きで出てきました。こういうのが「ウィキペディアタウン」の成果なのでしょう。
比較対照として、人口がおよそ倍の京都府大山崎町という町の記載も見てみました。私の生まれ故郷の隣町で、秀吉と光秀が戦った山崎の合戦をはじめ何度も歴史の表舞台になった名所旧跡も豊富な土地ですが、「概要」項目にこそ300字足らずの説明があるもののほかはほぼ箇条書きで、残念ながら記事というよりはリンク集と呼ぶ方が相応しい内容でした。
モンマスの記事の「スポーツ、レジャー、観光」項目の末尾には、
モンマスは2012年にモンマスペディアというプロジェクトを立ち上げ、QRコードを用いたQRペディアを対象物に貼付して利用者がウィキペディア記事にアクセスできるようにした。このプロジェクトによって、モンマスは「世界初のウィキペディアタウン」と呼ばれることがある。
と記載されています。
QRペディアを活用した観光地に巡り合った経験はありませんが、想像するとなんとなく便利で楽しそうです。つい先日行った京都の祇園祭でも、山鉾ごとに唸るほどの蘊蓄が在るわけで、実物を目の前にしながら長大な解説に簡単にアクセスできるとしたらとても重宝な気がします。
日本でもいつか本来の意味での「ウィキペディアタウン」が出現したら、ぜひ訪ねてみたいと思います。
図書館にとっての意義はどうでしょうか。
2017年に「ウィキペディアタウン」がLoY2017優秀賞を受賞したときの授賞理由は以下のようなものでした。
MALUI(博物館・美術館・公文書館・図書館・大学)の資料等、地域情報資産を活用し、新たな地域情報資産を共知・共創するプログラムとして急速に拡大している点を評価。
図書館にとってレファレンスという業務はとても大切なものなのですが、一般利用者からなかなか認知されづらい面があります。特に、勉強が本業の学生を相手とする大学図書館とは違って、ふつうの公共図書館では大半の利用者は、好きな本を借りることや快適な暇つぶしを目的として来館します。図書館スタッフに相談してまで解決したい課題をそうそう抱えているわけではありませんし、今どきほとんどの人は何か調べたければ自分のスマホで検索するだけで、それ以上さらに文献に当たって…、とはならないでしょう。
ところが「ウィキペディアタウン」では、ウィキペディア上で地域情報を充実させるという明確な課題が存在する一方、そもそもウィキペディアのルールとしてしっかりした情報源を明示しないと執筆・編集ができません。さあ、図書館の出番!というわけです。
誰もが編集でき、その内容は玉石混交と言われる百科事典ウィキペディア。大学のレポートをウィキペディアだけで仕上げるのは今も憚られる印象ですが、英語版に比べて日本語版の内容がまだまだ不十分で、コンセプトとしてのウィキペディアの潜在力を日本語版が十分に発揮できていないだけといった評価も耳にします。「ウィキペディアタウン」の活動を通じて日本語版ウィキペディアに信頼に足る記事が増え将来の「ウィキペディアン」が増えるとしたら、ウィキペディアにとって大いに意義があるのは言うまでもないでしょう。
これら3つの意義はどちらかと言えばイベント主催者側の視点に立って整理したものですが、イベント参加者側から見れば、郷土についての理解、図書館の使い方についての理解、ウィキペディアに対する理解が楽しみながら深まります。その理解の深まりは、自分が情報の消費者から生産者の方へ一歩踏み出すことにほかなりません。その情報がどのように生成されたのかに対する感度を磨くことは、この先ますます重要性を増してくる情報リテラシーの基盤のひとつになるでしょう。情報リテラシーを高めていけば、たとえば、学校のレポートで使っても良いウィキペディアの記事はどれか、石の中の玉を正しく見極める力が徐々に身についていきそうです。
そのような教育的な意義は、参加者個人にとってはもちろんですが、地域社会にとっても案外大きな財産となる可能性があります。図書館にとっての意義はイコール生涯学習・社会教育上の意義なわけですから、その辺り軌を一にしているのは当然でしょう。
オンラインサロン「本の場」では、8月のウェビナーで「ウィキペディアタウン」を取り上げます。より多くの方々に関心を持っていただき、ちょっとやってみたいと思っておられた図書館や地域の方々の背中を押すような、実践的な内容でお送りします。
メインスピーカーには知る人ぞ知る著名「ウィキペディアン」のお二人―「漱石の猫」さんと「かんた」さんをお迎えします。「漱石の猫」さんには地域や高校での取り組みの実際を、「かんた」さんにはご自身の研究活動から見た各地のイベントの様子を、それぞれお話しいただきます。また、最終週には実践編として、お二人の指導を受けながら実際にウィキペディアを編集していく様子もご覧いただく予定です。
各回のお申込み受付は、当サイトで近日開始いたします
メインスピーカー/ウィキペディアン・漱石の猫さん
メインスピーカー/京都府立丹後緑風高等学校久美浜学舎・伊達深雪さん
メインスピーカー/ウィキペディアン・かんたさん
実践編
各回のお申込み受付は、当サイトで近日開始いたします
※毎月4回のウェビナーに参加できます。(1回あたりの参加料は195円となります。)
※お申込みいただいた方全員に後日オンデマンド視聴が可能な動画アーカイブを配信いたします。リアルタイム参加のご都合がつかない場合でもご視聴いただけます。(オンデマンド視聴が可能な期間は配信後1週間です。)
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